大木 夫妻 | 山本夫人 | ウェイトレス |
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大木 夫 | 「もしもし、 山本先生のお宅ですか。」 |
山本夫人 | 「はい、山本でございますが。」 |
大木 夫 | 「大木です。御無沙汰しております。 実は家内とこの辺まで来ましたので、お邪魔でなかったら、ちょっとお寄りしたい と思いまして。」 |
山本夫人 | 「まあ、それはそれは … 。 いまどちらにおいででいらっしゃいますか。」 |
大木 夫 | 「駅前におります。」 |
山本夫人 | 「それでしたら … 。あ、ちょっと お待ち下さいませ。… … もしもし、ただいま主人の申しますには、 これからちょっと30分ばかり出かけてくる用事があるので、 もしお差し支えなかったら駅前でもぶらぶらなさってからお越しいただけない だろうかということでございます。実を申しますと私の方も、 散らかっておりますのでその方が都合がよろしいんでございますが。」 |
大木 夫 | 「はい、かしこまりました。 急にお邪魔するなどと申し上げて申し訳ありません。家内も買物か何かあるでしょうし、 一時間ほどしてからお伺いさせていただきます。」 |
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大木 夫 | 「今の聞いた … … 。買物でもして 時間をつぶそうか。」 |
妻 | 「そうね。買物といっても別にないし、 ちょっとのどがかわいたからどこかでお茶でも飲まない。」 |
大木 夫 | 「そうだね。じゃ、ここはどう … … 。」 |
* ドアを開ける音と同時にジャズが飛び込む … 。 * | |
大木 夫 | 「こりゃアベック向きだよ。 それに満員だ。」 |
妻 | 「じゃ、あっちの店へ行ってみましょう。」 |
* ドアを開ける音、クラシック音楽が流れる 。 * | |
ウェイトレス | 「いらっしゃいませ。」 |
大木 夫 | 「僕はコーヒー。」 |
妻 | 「私も。」 |
ウェイトレス | 「かしこまりました。」 |
大木 妻 | 「喫茶店なんて私来た事ないけど、 きれいな所ね。ちょっと電灯が暗いけど。」 |
大木 夫 | 「薄暗い方が気持が落ち着くんだよ、 人間は。もっとも動物はみんなそうだね。」 |
妻 | 「そうね。暗いと相手の少し色の黒いのも 気にならなくなるしね。」 |
ウェイトレス | 「お待たせいたしました。」 |
大木 夫 | 「さ、コーヒーが来たよ。」 |
妻 | 「しゃれたお茶碗ね。でも、このコーヒー 別に … … 。」 |
大木 夫 | 「別に大してうまくない、私の 入れたコーヒーの方が味も香りもいいと言いたいんだろう。」 |
妻 | 「まあ、同じくらいだと思うね。」 |
大木 夫 | 「その通りさ。しかし喫茶店の コーヒーは味じゃない、ムードだよ。いわば生活から切り離されたものの魅力さ。」 |
妻 | 「そうね。だから若い人を引き付けるのね。 家の京子が行きたがるだけの事はあるわね。」 |
大木 夫 | 「京子ももう喫茶店なんかへ 出入りするのかい。」 |
妻 | 「ええ、そんな事言ってたわ。」 |
大木 夫 | 「男の友達がいろの。」 |
妻 | 「今のところ、女の学生同士で行って、 文学だの人生だのと議論しているらしいけど。」 |
大木 夫 | 「ふうん。」 |
妻 | 「でもそのうちアベックで行くように なるでしょうね。」 |
大木 夫 | 「そうだね。どんな相手を 選ぶことか。」 |
妻 | 「楽しみね。」 |
大木 夫 | 「じゃ、そろそろ出かけようか、 あんまり恩師をお待たせしても悪いから。」 |
妻 | 「そうしましょう。」 |